• 世界を記述し、より良い生活を考える01
  • 2023年4月8日

本土最東端の街・北海道・根室市から

「循環という時間を生きる」前編

  • 古川広道(VOSTOK代表 ・AVM ジュエリーデザイナー)
  • 中村美也子(VOSTOK labo・フードディレクター)
  • 野﨑敬子(VOSTOK labo・ディレクター)

人間中心にデザインされた東の街、東京と、原始の自然に満ちた本土最東端の街、北海道・根室。VOSTOKは、このふたつの東の土地を通じて、これからの暮らしの選択肢を探ってきた。その視点は『世の余』のテーマとも親和性が高いと感じた私たちは、根室半島に流氷が接岸した3月頭に根室を訪れた。

  • 写真:白石ちえこ
  • 編集・文:水島七恵

創作を生み出す本当の主体は土地にある

上空から眺める道東の冬の景色。

快適で便利な暮らしを願って人間が発展させてきた都市の暮らしは、直線的な時間が描かれている。一方で「自然は直線を嫌う」。これはイギリスの造園家・ウィリアム・ケントが残した言葉だが、自然は循環することでそのバランスが保たれている。動物たちは命のやりとりをすることで、互いの命を支えている。命尽きれば微生物に分解され、土に還り、植物の栄養となるように、自然は効率よく弾き出された論理はほとんど通用しない。

直線的な時間から、循環の時間へ。北はオホーツク海、南は太平洋を臨む北海道・根室市は、まさに循環の時間が流れている。海流によって運ばれてきた砂が数千年をかけて堆積した砂の島(砂州)・春国岱(しゅんくにたい)をはじめ、背後に深い森が広がる温根沼(おんねとう)、蛇行した原始の流れをそのままに残す別当賀川(べっとうががわ)。湿地と原生林に満たされたこれらの場所には多様な動植物が生息している。そしてそのどれもが市街地からほど近い場所にあることで、人間の暮らしもまた自然の流れの中の一部のような実感がもたらされる。

根室半島の付け根にある春国岱は、オホーツク海の沿岸流が運ぶ漂砂が堆積した出来た砂州。数千年前の手つかずの自然が現存し、野鳥の楽園でもある。

ジュエリーデザイナーの古川広道さんが東京から根室に移住して、約11年が経った。趣味だった釣りを通じて何気なく訪れたというこの街に、東日本大震災後に新しい暮らしを模索するなかで移住した。そんな古川さんにこれまでの日々を尋ねると、「森や原野で山菜を採って、海で魚を釣って食べる。そうやって完璧に巡っていく自然のなかで暮らし、ものづくりをしていると、創作を生み出す本当の主体は土地。その土地の自然とそこで暮らす人々の生活だと気づきました」と話す。

3つの砂洲からなる春国岱は、国内最大級のハマナスの大群落、めずしいアカエゾマツの純林、そして巨木が生い茂る原始の森が連なっている。

完璧に巡っていく自然。その「完璧」が指すものに思い巡らせるうちに、自然が利他的であることが挙げられるかもしれないと感じた。生命とは本質的には身の回りの環境から何かをもらい、何かを手渡すことでバランスを取っている。

根室半島に生息する野生のエゾ鹿。鹿と人間の生活圏はほど近い。

「自然は人間がそこに存在しなくてもちゃんと巡っていきます。人間もまた自然なのですが、現代は周りの生き物との距離ができています。だからこそ根室の自然と共存することは、同時に自分という人間と向き合うことにもつながっています」と言う古川さんは、ここに暮らすうちに少しずつ、「自分と自然との距離が近づき、溶け合っていくような実感があった」と重ねる。そしてその実感は自身が制作するジュエリーにも自ずと反映されていく。

古川さんのジュエリーブランド「AVM」(アーム)のフラッグシップショップの入る「BURANN」(根室市)にて。アポイントメント制。

「作る上でのコンセプトやストーリーはだんだん重要ではなくなっていきました。周りの自然の造形は美しいのですが、自然の模倣をしても作る意味がなくなってしまうので、ここ数年は造形に集中しています。うまく言えないけれど、自分の意志を入れすぎずにただ感じながら作っていくうちにこうなりました、というのが一番しっくりときます」

古川さんが根室に移住した後に制作されたジュエリー「VINTER」。

食を通じてその土地と繋がり、風景を知る

日本で見られる野鳥の半分以上が観察できる根室。絶滅危惧種のオジロワシやタンチョウ、クマゲラなども生息している。

ジュエリー制作の傍ら、古川さんは一般社団法人VOSTOKの代表として、街づくり、暮らしづくりにも取り組んできた。都市生活だけでも、自然豊かな生活だけでもない。それぞれの場所から育まれていくものから、よりよい暮らしを考えていきたい。そしてそれを考え続けることで暮らしの選択肢を増やすことを目的としたVOSTOKは、食やデザイン、アートなどを通じたイベント「eastern」を根室と東京で行ってきた。

日本で一番早く朝日と出会える場所、本土最東端の岬「納沙布岬」。先端に立つ灯台は明治5年に点灯された北海道最古のもの。わずか3.7kmの距離に北方領土の貝殻島を望むことができる。

そんな古川さんとともにVOSTOKの一員として活動するのは、中村美也子さんと野﨑敬子さんだ。ふたりは2015年から根室に暮らし、VOSTOKの準備室としてVOSTOK laboを立ち上げる。その中での出会いからお菓子を制作するなど、テーブルや暮らしまわりにまつわるものを提案している。これからの新しい暮らしとは?と思いを巡らせたとき、自然と人間とが程よいバランスで存在している、美しい土地の根室へと繋がった。

VOSTOK laboのアトリエとしても機能している「BURANN」。イベント時にオープンしている。
VOSTOK laboのお菓子。laboのオンラインショップでは、定期的に予約販売を行っている。

現在、VOSTOK laboのお菓子はオンラインショップ、または北海道と東京を中心とした各地のグロサリーショップで販売されている。土地の魅力を味わえるクラッカーや、野鳥の楽園でもある根室に暮らす、フクロウやオジロワシを模ったクッキーなど、厳選素材から作られる焼き菓子は販売してすぐ完売となるほど多くの人に支持されている。

冬に根室の酒蔵で仕込みが始まると出回る酒粕を使った季節限定のクリームサンド。

「根室と東京を行ったり来たりする暮らしの中での気づきや閃きは、VOSTOK laboをカタチ創り、土地や人と呼応し合いながら、今に繋がっています。健やかな北の大地と身体を結び心地よい関係が生まれることを願って作るお菓子。そのお菓子を通じた繋がりは、大きな営みの中で私たちも変化しながらここにいる理由になっているように思います」

まだまだ肌寒く、訪れた「BURANN」では薪ストーブが焚かれていた。
プロフィール

古川広道 FURUKAWA Hiromichi

VOSTOK代表・ジュエリーデザイナー / 三重県生まれ。東日本大震災を機に根室市に移住。現在はジュエリー制作とともに街づくりにも携わる。
https://www.avmdesignroom.com

中村美也子 NAKAMURA Miyako

VOSTOK・フードディレクター / 埼玉県生まれ。2015年から根室に暮らし、VOSTOK laboを立ち上げる。

野﨑敬子 NOZAKI Keiko

VOSTOK・ディレクター / 東京都生まれ。2015年から根室に暮らし、VOSTOK laboを立ち上げる。

https://vostoklabo.theshop.jp/

https://www.instagram.com/vostok_labo/