• 世界を記述し、より良い生活を考える02
  • 2023年5月10日

本土最東端の街・北海道・根室市から

「循環という時間を生きる」後編

  • 古川広道(VOSTOK代表 ・AVM ジュエリーデザイナー)
  • 中村美也子(VOSTOK labo・フードディレクター)
  • 野﨑敬子(VOSTOK labo・ディレクター)

人間中心にデザインされた東の街、東京と、原始の自然に満ちた本土最東端の街、北海道・根室。VOSTOKは、このふたつの東の土地を通じて、これからの暮らしの選択肢を探ってきた。その視点は『世の余』のテーマとも親和性が高いと感じた私たちは、根室半島に流氷が接岸した3月頭に根室を訪れた。

  • 写真:白石ちえこ
  • 編集・文:水島七恵

水と陸の接点、湿原の生態系から世界を知る

2022年、3人は新たな活動拠点となるスペース「BURANN」(ブラン)を根室市・珸瑤瑁(ごようまい)地区に設けた。
歯舞湿原が広がるこの地区は、霧が多く、気候が冷涼だったことで、低い標高でありながら高山植物が生えて貴重な昆虫が生息している。また近年の調査によって、歯舞湿原の一部は国内でも珍しい「ブランケット型泥炭地」上にできた湿原だったことが判明。ブランケット型泥炭地とは、地面を泥炭が毛布のように覆うことから、そう呼ばれているそうだ。

歯舞湿原のなかに佇む「BURANN」(ブラン)。

そもそも水と陸の接点である湿原は、湿原特有の動植物を育む。根室では道立自然公園の風蓮湖・春国岱や落石岬の湿原が有名だが、歯舞湿原は保護区にはなっていなかった。それが希少な泥炭地ということが判明したことで根室市は歯舞湿原の天然記念物指定の方針を示している。BURANNを通じてより身近になった湿原について、野﨑さんは「目の前に広がっている美しい風景、湿原には地球のスケールから見ると、とても重要な働きをしている秘密があることを知りました」と話す。

自然の風景がみえてくるAVMのジュエリー。

「湿原はスポンジのように水を溜めて水資源を供給します。また、命を終えて枯れた植物が分解されず一万年以上もの長い時間を経て折重なり形成していきます。植物の種子や生き物、古代の器、大気の二酸化炭素までも大量に隔離、貯蔵しその蓄積はいわば地球のアーカイブ。湿原は自然界の図書館のようです」
そして環境省の生物多様性保全の観点から、根室半島の湿原群も重要な湿原の1つに選ばれている。
「近年の気候変動を緩和する大切な方法、湿原の働きに深く感動しました。世界でも注目されているその循環が続いていくことを願い、保全には広く知っていただくことが必要との思いから私たちはワークショップ(Wetlandscape)を企画、開催しました。ワークショップでは根室の自然環境の専門家と一緒に湿原を植物観察しながら散策。そこに実るベリーを採取、ジャムにして焼きたてのスコーンと味わうなど、体感する場を皆さんと共にすることができました」

取材時にいただいたスコーン。ジャムは根室で採れた山葡萄。

自然と都市。それぞれに積み重なるものをつないでいく

取材で訪れた根室はちょうどオホーツク海が流氷に覆われる時期だった。その流氷のなかには植物プランクトンが大量に含まれている。春になればそのプランクトンが海に溶け出して、食物連鎖の基礎となり、さまざまな生物を育む豊かな海を作る。陸地も海も自然の循環がダイナミックに感じ取れる根室で暮らしていると、「自分の根っこがちゃんとつながっているような力強さがあって、安心する感覚があります」と古川さんは話す。

根室市史によると根室地方に馬が入ったのは文化6年頃(1809年頃)とされている。

個別の小さな物語の集積が日常であるなら、根室は大きな物語のなかで自分を捉え直すことができる土地だ。生命は全体が相互に共鳴し合う。「自然の大きなサイクルの中に身を置いていると、お互いを認識しながら場を共有している実感があります」というのは、中村さんだ。

冬になると飛来するオジロワシは天然記念物に登録されている。

「都市には成熟した文化圏が形成され心躍るような感動があります。一方、自然に近づいた暮らしでは、これからに役立つ気づきがあります。先日、強い視線を感じて窓の外を見たら、木にフクロウがとまっていました。しばらく視線を交わし、お互いに興味深く目を合わせるそのやりとりに同じ住人、関わりをもって生かされているんだなと」

続いて野崎さんは「静かに終わりとはじまりをぐるぐると感じる土地の魅力に惹かれ道東に暮らすようになって8年。自然との距離感がガラリと変わりました。循環するエネルギーに満ち、繊細なバランスで成り立っている生態系、生命の神秘に触れながらの暮らしには教わることばかりで、私たち人間が進化するヒントもこの中にあってそれを見逃さずに見つけられるかがポイントなのかもしれません」と話す。「東京での暮らし、都市で育まれる環境や文化の魅力と、自然が知らせる時と共に生きること。どちらも知り理解しながらその時々に地球にとって良い方を選択していく。全てはバランスが大切なのですね」と重ねた。

古くから北方漁業の基地として発展してきた水産都市・根室市。写真は中心市街地の景色。

自然と人為。私たち人間の暮らしの本質はそのあいだに宿るのかもしれない。根室に暮らす中で、古川さんらもまた新しいバランスを手繰り寄せようとしていた。
「先ほど話にあった『完璧に巡る自然』を日々実感しているからこそ、調和のそとにあるものが自分に必要だと思うようになりました。違う環境、違う価値観にもっと触れることで、驚きや新しいバランスを見出したい。そのような相互を知る環境の中で文化は深まってゆくように感じています。だからでしょうか。最近は根室を主語にして暮らしを語ることに少し違和感を持ち始めているんです。暮らしの精度を根室で高めていくうちに、もっと広い意味で生きること、暮らすことを問われるような感覚があるので、逆に土地を限定して何かを発信することは、いろんな可能性を狭めてしまうようにも思えます。自然のある生活だけでも都市生活だけでもなく、どのようなバランスを取っていくか。僕らは時代を見極めながら今なにが求められていて、どういうものを作っていけば良いのかをVOSTOKやBURANNの活動のなかでも見つめていきたいと思います」

プロフィール

古川広道 FURUKAWA Hiromichi

VOSTOK代表・ジュエリーデザイナー / 三重県生まれ。東日本大震災を機に根室市に移住。現在はジュエリー制作とともに街づくりにも携わる。
https://www.avmdesignroom.com

中村美也子 NAKAMURA Miyako

VOSTOK・フードディレクター / 埼玉県生まれ。2015年から根室に暮らし、VOSTOK laboを立ち上げる。

野﨑敬子 NOZAKI Keiko

VOSTOK・ディレクター / 東京都生まれ。2015年から根室に暮らし、VOSTOK laboを立ち上げる。

https://vostoklabo.theshop.jp/

https://www.instagram.com/vostok_labo/